ルカの福音書19章28−40節

2020.08.18 Tuesday 09:35
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    JUGEMテーマ:教会キリスト教

     

    前半に注目します。

     

    イエスはなぜ直接、通りすがりにろばの子を所望されず、先に遣わした二人の弟子たちによってそうされたのでしょうか。

    それは弟子たちに、何かを教えようとされたからでしょう。

     

    主が教えようとされたことを三つばかり挙げてみたいと思います。

     

    第一に、すべては主のご計画の中にあるということです。

    ろばの子をお用いになったのは偶然ではありませんでした。たまたまそこにいたのを用いられたというのではないのです。初めから主のご計画の中にあったことなのです。ですから、主のみことばに従うことを、恐れる必要はありません。

     

    第二に、すべての人は主の恵みとして奉仕するということです。

    ろばの子を差し出した人たちは、自分の意志をもってそうしました。立派なことです。でも、主のご計画の中にあるからそうできました。主のご計画の中になければこのことは起こりませんでした。主がご自身の恵みによってそうするように定めておられたのです。このように、すべてのことは主のご計画から出ているのですから、そのことを知っている私たちの献金や献身、奉仕には、謙遜と感謝が伴うはずです。

     

    第三に、すべてのものが主の権威に服しているということです。

    主に遣わされた弟子たちや、引いて行かれたろばの子は元より、ろばの持ち主も主のみことばの権威に服しています。イエスこそ、すべてのものを従わせることのできる権威をお持ちの神の子であり、この世界の王なのです。

     

    このような方に従うことのできる幸いを覚えます。私たち自身は力のない「ろばの子」、世間からは役立たずと思われているものであったとしても一向にかまわないのです。主はその私たちを、ご自分の御名を運ぶ器として、ご自身の、すべてを従わせることのできる権威と、限りない恵みとをもってお用いになることのできる方なのです。

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