ルカの福音書11章37−54節

2020.07.25 Saturday 10:13
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    JUGEMテーマ:教会キリスト教

     

    「とにかく、内にあるものを施しに用いなさい。そうすれば、見よ、あなたがたにとって、すべてがきよいものとなります。」(41)

     

    食事の前に、きよめの洗いをなさらなかったイエスを見てパリサイ人たちは驚きました。そのパリサイ人たちを、主は厳しく非難されました。

     

    主は、確かにきよめの洗いを必要となさらない方です。その心に、延いては行いや言葉に、罪も汚れもない方だからです。でも、パリサイ人たちは行いを気にします。その一方で、イエスの心が見えません。文言としての神の法が優先され、その理念が忘れられているのです。

     

    昨今の、「解釈改憲」や、憲法に違反するような判決が次々に下されていることとも関係のあることだと思います。文言ばかりを気にしていて、その理念が忘れられています。なぜそのような憲法が定められたのか、私たちはなぜそれを大切にしなければならないのかが忘れられているので、憲法はどんどん空文化し、いいように権力者たちに弄ばれているのです。

     

    大切なのは、すべてをご存知の神の前で自分のを見つめ、そのを変えていただくことです。心から、その心に相応しい行いや言葉が出て来るからです。一方、行いや言葉を整えたところで心は変えることができません。

    そのためには、預言者たちが伝え、主イエス・キリストが実現された神のことばの前に謙り、悔い改めて、その十字架の愛をに受けることです。その内に注がれる愛を人々のために用いるとき、私たちの「すべてがきよいものとなります」。

    その完成は一生をかけての課題ですが、主を仰ぎ見つつ日々前進させていただきたいと思います。

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