列王記第二17章24−41節

2020.07.17 Friday 09:26
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    JUGEMテーマ:教会キリスト教

     

    サマリアに蔓延したシンクレティズムの問題が取り上げられています。もし、他の神々と聖書の神が混同されるなら、たとえ本当の神を表面上拝んでいても、本当の神を拝んでいることにはなりません。なぜなら、聖書の神は、この天と地とを創造された唯一の、比類なき、聖なる創造主だからです。

     

    「慣わし」という言葉が何度も登場することに気付かされます(26、27、33、34、40)。習慣・因習としての信仰の危険性を思わされます。習慣・因習はすぐに偶像化し、真の神とその御心が忘れられてしまいます。儀式・形式が大切にされる一方、その意味が失われて行きます。信仰の形骸化が起こります。そこに陥らないためには、「主が」私たちのために「書き記した掟と定めと律法と命令」によって、常に自分たちの習慣・因習を問い質すということが必要でしょう(37)。慣わしに従って行くことは思考を停止してもできますし、楽ですが、罪深い人間が楽な道を選ぶとき、その道は(控え目に言って)大抵堕落に通じているものです。ですから日々、みことばに教えられながら、それが茨の道に思えても、みことばに従って歩まなければなりません。そのとき、主がその歩みを助けてくださり、慣わしに従うことでは決して得られなかった平安で私たちの心を満たしてくださいます。

     

    今日もみことばに教えられながら歩んでまいりたいと思います。

     

     

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